花尻充由プロフィール

1969年よりクラッシックレース、ビックレ-スを制覇!

09年秋つくば国際鳩舎日本選手権500K全国優勝&みちのくスーパーロフト300K優勝、3、4、5位 モスキート宗家 花尻充由鳩舎(なんば連合会・翔道6段)モスキートがまた新たな伝説を作った。

09年秋つくば国際委託鳩舎日本選手権500Kで全国優勝(当日6羽の難戦)、さらにはみちのくスーパーロフトで300K優勝(当日7羽の難戦)、3、4、5位。条件が厳しければ厳しいほど、代々全国優勝してきた最強の血が蘇る。モスキートの「勝利のDNA」は不滅であった。

受け継がれるモスキート伝説

モスキートが勝った。09年秋のつくば国際500Kに関してこんなニュースを耳にした時、意外な気分だった。当日僅か6羽の難戦。序列に「花尻充由」の名前があればとっくに気づいている。全国優勝したのは桜井荘一鳩舎という無名のフライターであったはずだ。上位にも花尻氏の名前は入っていない。

すぐに種は明かされた。優勝した桜井荘一氏は生粋のモスキート愛好家。桜井氏の依頼で花尻鳩舎がヒナを作出し委託鳩舎に送ったのが今回の優勝鳩になったというわけだ。

この優勝鳩の“つくばプリンセスモスキート”の血統がすごい。

父鳩は王将の委託レースで当日12羽、2日目3羽のみ帰還の難レースの帰還鳩であり、両親は1200K優勝×1000K優勝。遡るとモスキートRG(1000K近畿優勝)や、モスキートジャガール(雨の1000K総合優勝)、ダービーヒーロー(79年日本ダービー全国優勝)等、西日本・全日本を勝ち抜いた銘鳩で埋め尽くされている。

母鳩もモスキート4代連続優勝直子。父の父はダービーヒーロー×ダービージャンプという全国優勝同士の配合であり、遡ればWダービーやペガサスとこれまた全国優勝の銘鳩の連鎖。そう、モスキート伝説はしっかりと続いていたのだ。

難戦であればあるほど真価を発揮!

1羽だけなら「偶然」で片付ける者もいるだろう。

オールラウンド、オールマイティー、無類の安定感で全国で勝ちまくってきたモスキートである。その全盛期を知る日本のレースマンにとって、どんな難戦での勝利とて、1羽で「完全復活」は信用し難いかもしれない。

しかしこの秋、第1回となるみちのくスーパーロフトの委託鳩舎で、当日7羽の超難戦の300Kを制したのがこれまたモスキートだったのである。しかも、優勝だけではない。桜井氏の委託鳩で1、3、4、5位と上位をモスキートが独占!500Kは全滅レースとなった難戦に次ぐ難戦の委託鳩舎で、モスキートの血の力をこれでもかとばかりに証明したのである。

モスキート恐るべし

ヤンセンをはじめとするスピード血統がもてはやされ、さらにはオランダ長距離CHも続々導入される時代、日本の困難な地形で精選され、最大限に力を発揮するように作られてきた万能モスキート系が、今も尚、難レースで他系統の鳩を圧倒しているのである。

300K優勝鳩の両親もまた難戦の王将ロフト委託レース入賞鳩であった。父の父は上海CH500Kで2位を50分ちぎった伝説の鳩・チャイナワールド血統書にはパーフェクトソートレン、ヒットマン、ダービーヒーロー、といったモスキートの優勝鳩が絢爛豪華に顔を出す。

「性能のみで戦う同一条件の委託鳩舎でモスキートは勝ち続けてきました」と花尻氏は今秋を振り返って語る。

「レースが厳しくなればなるほど、培ってきた血統の力が生きる。代々委託レースで全国優勝を続けてきたモスキートは昨今の難戦でさらに力を発揮しているのです。」

「リアルスピリット」が銘鳩を生む

続けて、委託レースの楽しみを花尻氏は語ってくれた。

「委託鳩舎での管理・レースはプロセスです。けれどもプロセスが同じならば鳩のセレクトの勝負になる。クォリティが高い鳩が当然、上位に来ます。鳩レースは知的なスポーツ。今回も書斎で勝たせてもらいましたが、感性が感動になる鳩レースの喜びは、自分でやっていても委託でも変わることはありません。」

花尻氏は鳩作りの妙を語り続ける。

「鳩作りはイマジネーションと洞察力です。この二つがあって、はじめて自分の頭の中のものがリアルになる。私は、これをリアルスピリットと呼んでいます。私の頭の中では夢は夢ではなく、理想は理想ではない。それらは常に現実とつながったものなんです。現時になるからこそ夢なんです。」

リアルスピリット。この独特の表現の中に日本を代表する血統“モスキート”を作り上げた天才・花尻充由氏の鳩作りの根幹があるのだろう。もちろん、その独自な感覚を言葉で平たく伝えることは困難なことである。ただ、優勝という結果と、花尻氏が言うところの「絵になる鳩」を我々は陶然として見つめ、感嘆することができるだけなのだ。

夢は、環境・時代を乗り越える

振り返れば、偉大なるファブリー最後のエースと呼ばれたモスキート号や、ファンネのソートレンの導入は夢の始まりだったかもしれない。

しかし、スパーク、ペガサス、ダービーヒーロー、ゴールデンベル、チャイナワールドといった数々銘鳩・優勝鳩を生み出してゆく中で花尻氏はいつしか、夢を現実化する手段を手に入れたのだろう。

モスキートという日本鳩界を席巻した現象は、すべては花尻氏の頭の中から生み出された夢であったのかもしれない。

むろん、鳩レースの世界は栄枯盛衰。常に勝ち続けるのは果てしなく困難である。住宅事情等で、花尻氏もかつてのように思う存分鳩レースに没頭することはできなくなっている。それでもモスキートは飛び続け、全国各地で委託鳩舎で勝ち続ける。

偉大なるモスキート。花尻充由氏の夢は、これからも優勝鳩を生み続ける。

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